ZED and Corteo

zedシルク・ドゥ・ソレイユZEDを観てきました。
日曜日の朝、浦安まで軽くドライブ〜30分ほどでシルク・ドゥ・ソレイユ シアターに到着。SaltimbancoAleguriaQuidamも日本での公演はほとんど観ているのだが、残念ながらラスベガスなどの常設の劇場を訪れたことはなく、こんなに近いところに劇場があるなんて本当にうれしい限り。

13時スタートなので、軽く昼ゴハンを食べてから〜と思うが、シアターロビーは12時にならないと開かないそうだ。気合い入れて早く到着してしまったので…仕方なく隣のアンバサダーホテルで昼ゴハン、というか朝から何も食べてなかったのだ。朝ゴハンですな。

さて、スタート。お決まりのクラウンの登場から舞台を覆っていたカーテンがするりするりと開き、舞台の全容が初めて現れる。そして驚きのバンジーのアクト。劇場の空間を存分に使った大きな動きは、空中なのにまるで水中にいるかのように優雅で美しく、ため息が出るほど。

が、一点だけどうも気になった。この演目の主人公である「ZED」の役割が分かりづらいのだ。パンフレットを読むと「孤独な主人公」とあるのだが、それゆえかどのアクトともあまり絡まず、ちょっと浮いているくらいの存在感。派手なアクトをするわけでもなく、クラウンのように観客いじりをするわけでもなく、アクトとアクトの間に登場する彼をどう捉えていいか分からず、その「浮いた感」がずっと気になったままステージが終了してしまった。うーん。

今月初めにCorteoの最終日の公演も観てきたのだが、個人的にはこちらの方が好み。Corteoはドリーマー・クラウンという1人のクラウンが主人公。その主人公を取り囲んで愛に満ちたドラマが繰り広げられるのだが、ステージのまとまり、客席との一体感は素晴らしかった。

もちろん、それぞれのアクトはとてもとてもレベルが高く、シルククオリティなのは十分分かってる。軽々とやっているように見えて、どれだけ神業かも。音楽、照明、ステージ技術なども、相当ハイレベルなものということも。なのに、というかそれだからこそ、それぞれのアクトには感動したのだか、全体のストーリー、舞台の世界観に没頭できなかったのが残念だった。

Corteoは11月に凱旋公演があるので、もう一度行く予定。ヤフオク頼みは心臓にもお財布にも厳しいので、早めの予約が必須ですなw
ZEDは常設会場で同じ公演をずっとやるわけだが、人間が行うパフォーマンスは毎回ピタリと同じというわけには行かない、また演出などを少ずつ変えたりマイナーバージョンアップをしていくこともあるだろう。今回はレギュラー席だったので、日を空けてまた別のアングルからもう一度観てみたいと思う。

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